「小学生の子供を素材にのみを使って芸術作品を作る親」とリアル

見た目のインパクトがあり過ぎてかなり浮世離れした描写のようにも見えますが、代入法を使いつつ試聴してみると極めて現実的だと思いましたね。

2回目以降見ると全く違った感想が出てくるからアニメ視聴ってのはやめられません!

と、いうわけで今回は放映6周年を迎えた名作「輪るピングドラム」を題材に親子について語って行こうではないか!

家族愛には光に匹敵する闇が含まれている

光あれば影あり。愛を超越すれば憎しみに変わるように

キリスト教みたいな一神教が言うような超越者を信じるわけではないですが、人間が無私になりきれないと言うのは非常によくわかりますね。

まして、リアル無私になった人間が必ずしも素晴らしい存在になるとは限らないと言うことも。

あるアニメを中心に家族愛というものについて掘り下げていきたい。

トレンディドラマやクリスマス映画でライトサイドはお腹いっぱいになるほど見てきているはずです。

ですが、同じくらい暗黒面について知っておくことも大切ではないでしょうか?

12月下旬からこのサイコで見ごたえ抜群のこの作品が見られる感動と共に家族愛について書いた記事をお届けいたしましょう!

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家族愛のライトサイド

ホームドラマとかクレしんとかで描かれるハートフルな一面

母が家事を負担し、父が家を空けて自らの身心を毒しながらも家族が生きる糧を獲り、子に無償で与える。

過ちを正し、諭し、許す。

子は謝罪したり感謝したりする。

家族愛と言えばそういった美しく、見る者をほっこりさせるアガペな側面を指しますよね。

そういう面ばかりであれば世界はどれほどいいものに見えるだろうとすら思えてきます。

Dictionaly
アガペ=無償の愛・見返りを求めない愛・神の愛

家族愛の暗黒面

欲や搾取、支配といった「ノミで削る」闇の部分

特に「廻るピングドラム」では小学生の娘の肉体にノミを向けるマッド彫刻家の父親など、かなりエグい描写がバンバン出てきますね。

「経済人としては天才だったが人間としては破たんしていた祖父」、「彫刻家としては天才だったが人間としては破たんしていた父」などが山のように出てくる作品です。

リアルな話、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「虚飾」、「傲慢」という7つの大罪のうち5つをすっぽり内包した暗黒面があるのもまた事実。

ホームアローンみたいなファミリーが楽しむ作品でも「思い通りにならない」ことへの「憤怒」と都合の押し付け合いという「強欲」などが淡くしっかり描かれます。

序幕の暗黒面描写と泥棒を撃退した後、反省した母親や留守を守ったケビンを誉める家族の描き分けとか。

暗黒面は突き抜けた表現ができる創作だけのものではなく極めて現実的なものとして存在することが解ります。

アニメも洋画も追随できないパフォーマンスと安さで楽しむ☆

ピングドラムで描かれる家族愛の暗黒面~教育と言う名のノミ~

マッド彫刻家オヤジ語録

「お前は美しいものは好きか?」
「美しいものを作るパパは好きか?」
「〇〇(娘の名前)、お前はなんて・・・醜いんだろう」

「いいかい?〇〇…美しくない子どもは誰にも愛されない、その資格が無いんだよ」
「でも、パパなら〇〇の身体から余分なモノを取り除いて、美しい子どもにすることが出来る(ノミよーい!てー!→娘、大怪我)」

マッド彫刻家は思い通りにならなかった女が残したわが子を改造(物理・ノミによる加工)

1度目は腕に当て木と包帯と言う痛々しい姿で登校。

2度目は脚。

3度目はフィレンツェから特注でお取り寄せしたノミによる加工で娘の命と引き換えに「完成品」となる予定でした。

何ともおぞましい描かれ方です。

しかし、父親が握っているノミに進学塾や名門進学校といったものを代入すれば極めて現実的な話になってくると思いませんか?

ぼくから見れば、すさまじいくらいに現実を描いたシーンであるようにお見受けしました。

 

教育は思考や人格を削れるノミだ

教育とは何も学力向上のためのお勉強だけを指すのではありません。

何を思ってはいけなくて何を思い行動していくことが望ましいのか、という思想面をも弄るジャンルです。

日本の教育は家庭から学校までかなり高度に自動化されている社畜生産システムとして存在していると言えましょう。

たとえ、物理的な加工の後はなくても心はしっかりノミやドリル、ピンバイス、リューターによる傷を受け、削れます。

死を迎える事すら決して非日常的ではないですね。

これってピングドラムから学べる大変重要な要素ではないでしょうか?

まとめ
教育は精神を削るノミだ。
物理的なノミと同じよう思慮分別を弁えて取り扱うべきものだ。

ピングドラムで描かれる家族愛の暗黒面~才能だけを愛シテル~

才能が終わったら男を捨て、わが子すら選別し、容赦なく潰す

こんな母親も出てきますね。

まさに最後はぼっちになるしかない人です。

寵愛も家族愛も確かに愛ですが、愛と言う共通の要素があるために混同してしまいがちなんですよ。

特に、一族経営の会社なんかをやってる家では起こりやすいのではないでしょうか。

子供も旦那も駒としてしか愛せない。

寵愛と言う要素を家族に向ければ家族愛のライトサイドすら「偽物ですが何か?」の一言で壊れるほどもろくしてしいます。

ちな、寵愛とは手ごまとして愛でることを意味する言葉。

ある人物の過去描写なんですが、その人物は子供の頃、才能が無いわけでもなかったけど弟に力負けし始めた末に自分の指を潰してしまいます。

母親の愛を渇望し、わずかにあるかもしれない人間性に賭け、せめて憐みくらいは受け取ろうとして。

あるいは人間的な感情に乏しい家庭にいる苦痛から逃れたかったゆえの戦術行動だったのかもしれない。

それが原因で父親同様に捨てられます。
人ならざる母親であったことが同時に証明される形で。

ある物体を破壊すべく強度を下げるために劇薬を塗布するように。

どの人物を描く場合でも共通してますが、「捨てられる」シーンの描き方が荒まじいのがピングドラムの特徴ですね。

金目的で結婚をした奥様なんかが旦那の事業に陰りが見えてくるとこういう顔をチラつかせそうですね。

誰がどのように捨てられるのかはぜひ本編でご確認をば!

まとめ

才能を愛し、欲すどころか、そのための言動のために欲していた才能が人の体と心を伴い道連れにすり潰される。

「履き違え」によってこのような悲劇すら起こる。

おわりに

親の愛を受け取るために子供は過度にガンバるものだ

子供は親がどれだけ人格破綻者だろうと本能的に親となる人物の愛情を飢えたライオンが肉を欲するように求めてきます。

まさに「生存戦略」です。

大人がこれをストレスのはけ口ほかいろんな悪事に転用することは想像するよりずっと簡単でしょう。

必死な子供と余裕の大人と言う構図があっさり完成するわけですから。

とことんエゲツなく立ち回れば言うことを聞かせるだけの木偶人形に仕立てることもできますからね。

子供の自我を殺せば悪魔が宿りすらすることも知らぬ存ぜぬで容赦なく「ノミでわが子を穿つ」親が減らないのも無理はないかもしれません。

親も子も、欲や煩悩をその身に宿した「にんげんだもの。」

すぽんさーどりんく


 

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